五島と椿

五島の椿

五島市には、約440万本の自生している椿があり、全国的にもトップクラスの椿油の産地として有名です。五島の椿は日本原産のヤブ椿が大半です。

椿と五島の歴史

奈良時代、唐へ遣唐使が派遣されていた頃、日本からの貢物の一つに椿油がありました。

さらに、平安時代の法令集「延喜式(えんぎしき )」では、壱岐国(現在の壱岐市)からの租税品として椿油が記されています。

また、江戸時代では、五島藩から幕府へ椿油が贈られていました。米の収穫が少ない地域では年貢の代わりに納めていたようです。

椿と五島の生活

島を歩くと、今でも生活の中に椿が散りばめられているのが分かります。

家の外、特に沿岸部の風が強い地域には、防風林として椿が役立っています。

そして家の中では、寒い日の暖を取る為の炭としても利用されていました。

また、島内のカトリック教会には、ステンドグラスや内部の装飾にも椿のモチーフが用いられています。

椿は古くから、島の人の生活に密着してきました。

幻の名花・玉の浦

濃紅地に白覆輪の中輪で、世にも珍しいヤブツバキの突然変異種。国際ツバキ名鑑の巻頭を飾る世界的な名花として広く知られています。

原木は福江島玉之浦町父ヶ岳(461m)の中腹に自生したもので、昭和22年炭焼業者によって発見され、昭和48年(1973)長崎で開催された全国ツバキ展に出展されて、幻の椿として一躍愛好者の注目を浴びました。

しかし、これが世に広まると現地を訪れる者が相次ぎ、心ない人々によって濫獲され、原木はついに枯死するに至り、天然記念物ともいうべき貴重な遺産は失われてしまいましたが、その子孫は世界に広がっています。

椿油の生産量

五島市の椿油の生産量は、平成17年~平成27年度の平均で全国の約30%、長崎県の約80%の割合を占めています。

平安時代から食用、灯用、化粧用につかわれていたそうです。